グループ展『グレイトマンズ』
ピタゴラスのはなし。
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はじめに
ピタゴラスとピタゴラス教団は秘密主義であり、外部に秘儀を漏洩することを禁じたので、彼らがその活動期に直接書いた記録はありません。今日資料として残っている歴史的な文献は、ピタゴラスの死後、後継者により語られたことや、伝承、伝説、肯定派・否定派に関わらず何かしら歪められた話がほとんどです。
ここに書いた文書は、私が読んだピタゴラス関連の本から好き勝手に選んで繋ぎ合わせた知識なので、鵜呑みにしないようお願いします(すべての事柄に『諸説あり』と思ってください)。また数学が苦手なので公式云々の理解が間違っているかもしれませんが、ご愛嬌として受け取っていただけると幸いです。
ピタゴラス基本情報
ピタゴラス
表記はいろいろ。ポピュラーなのは「ピュタゴラス」。「ピュータゴラス」がギリシア語の発音に一番近いらしい。日本では一般的に数学者として知られているが、専門家の間では専らシャーマン扱いされている。ピタゴラスの弟子や信奉者からはアポロンの生まれ変わりなんて言われたりもした。文武両道。奥さんと子どもがいる。
太陽と音楽の神アポロン
ピタゴラス教団
ピタゴラスが設立した教団、学校。門下生は600人いたらしい。主に輪廻転生に基づくピタゴラスの教えを学び、学問の研究をする施設。とりわけ数学や音楽などの勉学に励んだ。魂の解脱は現世の行いに起因するので、理想的・合理的・禁欲的な生活を実践した。豆を食べてはいけないなど、厳しい戒律があったことで知られる。試験さえクリアすれば老若男女誰でも加入できる。最盛期は政治にも参加したが、ピタゴラスの死後、政敵や反対派に追われて各地に散り散りになってしまった。
ピタゴラス派(ピタゴラス学派)
ピタゴラスの教え子。弟子。また、その教えを継いだ後世の人たち。教団が解散になった後もピタゴラスの教義を説いた人たち。
教団の戒律
一、豆を食べちゃだめ。
二、落ちたものを拾っちゃだめ。
三、白い雄鶏に触っちゃだめ。
四、パンをちぎっちゃだめ。
五、閂(かんぬき)をまたいじゃだめ。
六、鉄で火をかき起こさない。
七、そのままのかたちのものを食べない。
八、花飾をちぎらない。
九、1クォート枡の上に座らない。
十、心臓を食べない。
十一、大道を歩かない。
十二、つばめに家の庇(ひさし)を貸さない。
十三、つぼを火の中から出すときは、つぼの形を灰の上に残さずに灰をならすこと。
十四、灯りをつけた傍で鏡を見ない。
十五、起きたら掛け布団をきちんとたたむ。
輪廻転生
ピタゴラスの根底にある思想。古代ギリシアで盛んだったオルフェウス教や、その元となったデュオニソス信仰に影響されたのではないかと言われている。オルフェウスは半神半人の竪琴の名手。デュオニソスは葡萄酒の神様。どちらも音楽と縁が深い神様。
死後、魂は肉体から離れて他の生物に生まれ変わり、それを繰り返す。この悲しい繰り返し=輪廻から解脱することがピタゴラス教団の最終目標。
ヘラ
神様の話のついでに。ピタゴラスの故郷サモス島と、教団を設立したクロトンは、どちらもゼウスの妻であるヘラの神殿があり、住民たちに慕われている。
リラ(竪琴)の研究
あるとき鍛冶屋の前を通ったピタゴラスは、職人達がハンマーを叩く音に、調和のとれた音と、そうではない音があることに気づき、無性に気になった。なぜ音には和音と不協和音があるのか。何か決まりごとがあるのか。その法則を解き明かすために、弟子たちと楽器を使った研究を始める。そして7本弦のリラによる実験の中で、弦の長さと和音との関係が「整数」の比率で表されるという、今日『ピタゴラス音律』と呼ばれる法則を発見した。この出来事をきっかけに、ピタゴラス達は、世の中のすべての現象の裏には「数」の法則が潜んでおり、一見すると何の関係性もない物事にも宇宙の秩序、宇宙の決まり事によって創られていると考えるようになる。
聖数とテトラクテュス
正三角形は10個の点からなる。(頂点から1、2、3、4と並べる)。正三角形という美しい形が10というこれまた完全で美しい数字によって作られている。10に神秘性を感じたピタゴラスは、10を聖なる数として、テトラクテュスと呼んだ。
三平方の定理
いわゆるピタゴラスの定理。実はピタゴラスが生きた時代の数千年も前に、古代バビロニアで測量のために実用されていた。ピタゴラスがどのように知ったのかは不明。誰かから教わったのかもしれないし、長い月日の間に忘れ去られ、ピタゴラスが再発見したかもしれないが、例によって記録は残っていない。
ちなみに、この法則をすべての三角形に当て嵌める上での最大の障害が無理数(√)である。ピタゴラス及びピタゴラス派ほどの賢人たちが、この割り切れない数の存在に気づかないわけがなかったが、彼らは整数にこだわるあまり、これをなかったことにした。
天体の音楽(天球の音楽)
数、音楽、調和、秩序といったピタゴラスの代名詞が詰まったピタゴラス派の宇宙論。
宇宙は10個の天体→内側から地球、対地球、月、太陽、水金火木土、恒星の天球で構成されて、真ん中にはかまどの火(中心火)が燃えている。これらの天体は、それぞれの回転運動にともない音が生じており、ひとつひとつの音が重なってハーモニーとり、宇宙全体が音楽を奏でているという。この音楽は、ピタゴラスレベルの人にしか聴こえないらしい。残念。
豆
ウィキペディアにも載っている有名な豆の話。
教団の戒律では豆は食べてはいけないとされた、禁忌の一つ。理由はわかっていない。お腹にたまって集中力がなくなるからとか、生殖器に似ているからとか、諸説ある。
死の真相
ピタゴラスの死のエピソードのひとつに、政敵(教団は街の政治にも深く関わるようになっていた。)に追いかけられたピタゴラスが豆畑に追い詰められ「豆畑に入るくらいなら」と逃げるのをやめて捕まり殺されたという話がある。または、畑を迂回する間に追いつかれたとも。
この話とは別に、迫害からは生き延び、クロトンを離れメタポンティオンへ行き、そこで自ら食を絶ち亡くなったという説や、学校を作り老衰するまでその地の人々に勉強を教えたという、まったく違う結末もある。
プラトン
ピタゴラスが亡くなって100年後に活躍した哲学者。ピタゴラスよりもはるかに有名なお方。ピタゴラス派の教えに影響され、自身が設立した学校では幾何学や音楽の授業を取り入れた。
ピタゴラスの楽しい話
タレスとピタゴラス
自然哲学の祖、『万物は水である』でお馴染みのタレスはピタゴラスの故郷サモス島からほど近いミレトスに住んでいた。ピタゴラスが血気盛んな青年の頃にはタレスはもうおじいちゃんだったが、この2人の賢人は同時代に生きていた。ピタゴラスがタレスに弟子入りしたという話も残っている。またタレスがピタゴラスに「エジプトに行くと勉強になるよ」と勧めたとも言われる。
鳥と話すピタゴラス
ピタゴラスは輪廻転生を信じていたので、動物は仲間で、子犬も牛もみんな友達だった。もちろん鳥ともお話をした。鳥たちはピタゴラスの助言に耳を傾けた。
熊を諭すピタゴラス
住民を困らせていた熊に対してピタゴラスは話しかけ、頭を撫で、木の実をふるまい、説得し、森へ帰らせた。
「こんにちは、ピタゴラス」
ピタゴラスが弟子たちとネッソス川を渡っていたときに、川に挨拶をした。するとネッソス川も「こんにちは、ピタゴラスよ」と返してくれた。
毒ヘビとピタゴラス
ピタゴラスはエトルリアで毒ヘビに足を咬まれたが、咬み返した。ピタゴラスは生き残ったけれどヘビは死んでしまった。
黄金の太もも
オリンピア観戦中、ピタゴラスが席を立った際に服の裾が捲れ、太ももがチラリと見えた。なんとその太ももは黄金で出来ていた!複数の目撃談がある。
ピタゴラス×2
ピタゴラスがクロトンとメタポンティオンという遠く離れた2つの都市に同時に現れたと、アリストテレスは言っている。
蜂蜜と混ぜる
『芥子の種とゴマ、よく洗って外側の汁を完全に切った海惣の皮、水仙の花、デオイの葉、大麦とヒヨコマメを練ったものをそれぞれ同じ重さだけとって細かく刻み、イミトス山の蜂蜜と混ぜて固まりにする。喉が渇いたら、キュウリの種、種を除いてからからに干したブドウ、コリアンダーの花、アオイの種、スベリヒユ、削ったチーズ、全粒粉とクリーム、そのすべてを野生の蜂蜜と混ぜて食べた。』
引用『ピュタゴラスの音楽』(キティ・ファーガソン/柴田裕之訳 白水社)
ピタゴラスキャベツ
古代ギリシアの栄光が終わり、ローマ帝国が力を増していくなか、ピタゴラスはイタリア半島で活躍した哲学者として一躍脚光を浴びる。死後数百年経っていたので既に伝説的な人物となっており、巷ではピタゴラスが書いたとされた『偽ピタゴラス本』が蔓延った(もちろん本人は書いていない)。そのなかのひとつ、『植物の力に関するピタゴラス』にはピタゴラスキャベツの調理方法や有効性が記されている。ピタゴラスキャベツが何なのかは不明。
おまけ
ピタゴラスのズボン
1970年代からサイモン・ジェフスを中心に世界で活躍したイギリスの楽団、ペンギンカフェオーケストラの1stアルバムに収録されている愉快で踊りたくなる曲。ピタゴラスのBGMに。
参考文献
『ピュタゴラスの音楽』(キティ・ファーガソン/柴田裕之訳 白水社)
『ピタゴラス的生き方』(イアンブリコス/水地宗明訳 京都大学学術出版会)
『ピタゴラスと豆』寺田寅彦
『ピタゴラス』(『ちくま哲学の森2世界を見る』より ラッセル/市井三郎)